MEMBER

メンバーストーリー

「人の役に立つことができた」という感覚が
どの仕事でもモチベーションになってきた。
候補者が後悔のない選択ができるよう、
共に走りたい。

「人の役に立つことができた」という感覚が
どの仕事でもモチベーションになってきた。
候補者が後悔のない選択ができるよう、
共に走りたい。

コンサルタント
五十嵐 卓
Igarashi Masaru
国家資格キャリアコンサルタント
担当エリア : 新潟
複数転職経験
異業種転職経験

1977年生まれ。新潟県南魚沼市出身。県立六日町高校野球部で甲子園出場。2001年新潟大学人文学部卒業後、小千谷市の精密機器製造メーカーに入社。総務で購買やISO9001事務局、ISO14001の取得・運営などに携わる。2004年株式会社リクルート新潟支社に入社。求人広告営業を担当。2008年新潟市内の老舗商社に営業職で入社。第2子誕生後、子育てとの両立のために退職。2010年エンリージョン入社。

営業という仕事の面白さや、人としての在り方を学んだリクルート時代

 エンリージョン創業時からのメンバーである五十嵐。エンリージョンに入るまでに、3つの会社で働いてきた彼は「ここまでの経験で、無駄なことはなかったと最近よく思うんです」と話す。

 「自分の半分は野球に育ててもらった。人生と野球は絶対に切り離せない」という大の野球好きで、高校時代には夏の甲子園出場も経験。「ただ、レギュラーじゃなかったので試合には出ていません。甲子園ではサードコーチャーでしたね。甲子園に行けたことがすごいことなんだという実感はないですが、運が良かったのかなとは思います」。

 野球はひとりが活躍しても勝てないスポーツで、なおかつ、試合に出ているメンバーだけが活躍すればいいかというと、そうではない。やはり、みんなでやるから面白かった。
 「大学時代は自分たちで練習メニューを考えてやるのも楽しかったですね。普段はそれぞれの時間を過ごしているメンバーが、野球になるとまとまるというチームで、卒業してもその楽しかった感覚がずっと体の中に残ったままでした」。

 大学卒業後は実家に近い小千谷市にあるメーカーに就職。総務部に配属され、購買やISOの取得・運営などに携わったが、次第に物足りなさも感じるようになっていたという。

 「工場だったので、作る人や設計する人、売っている人たちと比べて、自分が会社に貢献できているという手ごたえを受け取れなかった。総務も大事だと分かってはいましたが、もう少し周りを広げたいというわがままで転職しました」。

 転職先はリクルート新潟支社。営業をやってみたくて選んだ会社だ。当時の上司は、現リージョナルスタイルの高岡幸生社長。そして、五十嵐のすぐ後に江口が入社し、同僚となった。「リクルートでは、みんな個性的で自由にやりつつ、それを高岡さんがまとめていた。そこには大学の野球部で経験した、あの感覚がありました」。

 しかし、初めて経験する営業は本当に大変だったと振り返る。「1、2年目はミーティングにも遅刻するダメな奴だったので、怒られた記憶がいっぱいあります。上手くいくようになったのは3年目から。それも自損事故を起こして、仕事で車を使えなくなくなったことをきっかけに、自分の行動を変えたんです。このままでは本当にダメなまま終わるという気持ちもあった。公共交通機関を使うので効率的に動けるように、時間の使い方を考えて、クライアントへの提案も事前にしっかり準備するようにした。すると成績も伸びてきて、営業って楽しいと思うようになりました」。

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子育てのための離職のタイミングでエンリージョンの創業メンバーに

 リクルートの3年半の契約期間が終了し、新潟市内の老舗商社に営業職で転職。ほどなくして、その会社の人事部に江口も入社してくる。不思議な縁だ。「生産設備などを販売していて、僕は食品メーカーの担当として毎日のように工場に通っていました。機械の故障でラインが止まったから何とかしてくれと、夜に呼び出されることもありましたが、工場の人たちとの会話も楽しかったし、仕事は本当に面白かったです」。
 その頃、家庭では第2子が誕生。妻から「育休が終わったら、私も働きたい」と相談された。「子どもに病気があって、その治療のために病院に付き添う必要があったり、上の子の保育園の送り迎えもある。

 夫婦ふたり共がフルタイム勤務だと、それをこなすのは難しかった。一人目のときは妻が頑張ったから、二人目は僕の番、ということになりました」。

 退職が決まり次の仕事を探している時、エンリージョンを起業することを決めていた江口から連絡が入った。一緒にやらないかという誘いだった。「江口が会社をやる、さらに、それは高岡さんから誘われた仕事だと聞いて、“やります”と、即答でした。僕から見るとふたりには共通項があって、明るくて前向きで、ストイックで、やると決めたら絶対にやり抜く人たち。全幅の信頼を寄せるふたりなので、間違いないと思いました」。

 フルタイムでは働けない事情を伝え、最初は5時間程度で、バックオフィスでの勤務ということになった。退職後も働くつもりではいたが、願ってもない環境だった。

 やがて、子どもが小学校に上がって手が離れるタイミングで、営業をやりたいと志願。キャリアコンサルタントの資格を取得した。五十嵐が思う営業の一番の面白さは、“役に立てている”という感覚を相手から受け取れること。「役に立てないのは嫌なんです。それは、どんな仕事であってもそうだったと思います。いまも、常に何か役に立とうと思いながら仕事に向き合っています」。

 そしてこの仕事では、これまでの経験の全てが生きてくるということも実感している。「リクルート、そして商社では営業に関わる多くのことを学んだし、特に商社ではさまざまな会社の深いところまで関わって、会社によって考え方が全く違うということを現場から学べたのは大きかった。さらに、最初の会社では衛生管理者をやったり、株主総会を仕切ったり、いろいろな経験を積ませてもらった。何事も知っているということは強みになるし、お役に立てることにつながる。これまでの経験で無駄なことはなかったと感じる理由です」。

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候補者が迷いながら決めていくプロセスを共に走れるのがコンサルという存在

 キャリアコンサルタントとしての思いを訊ねると、「候補者には後悔のない選択をしてほしい」という答えが返ってきた。そして、転職を選んだ人にとっては“これでよかったんだ”と思えるかどうかがすごく大事だと思う、と続けた。「なぜ、この会社を選ぶのか、という過程をしっかり踏んだ人と、それをしなかった人では、モチベーションも違うし、苦しい時の踏ん張り方が違うと思うんです。仕事って気持ちひとつで向き合い方が変わりますよね。この仕事を選んでよかったと思ってやるのと、ここじゃなかったなと思いながらやるのとでは全然違います」。

 もちろん決めるときには、誰しも迷う。大切なのは、そこでしっかり迷うこと。不安材料は質問をして答えをもらって、“迷ったけど、自分はしっかり考えて決めた”と思えることが重要だという。「そのプロセスはコントロールできるし、一緒にそのプロセスを走れるのは、僕らのような第3者的な存在だと思う。そして、候補者がきちんと判断できる材料をどれだけ提供できるかが、僕の存在価値なのかなと思っています。単に人と人をつなぐだけであれば、別に僕たちはいなくてもいいんです」。

 そこには、いわゆるミスマッチによって会社と社員がお互いにこんなはずじゃなかったと思う不幸な状況は、その前の段階で避けることができる、との思いがある。

 「なかには入社してすぐというタイミングで、転職相談に来る人もいる。やっぱり、それは両者にとって不幸なことなので、次はそうなってほしくない。僕たちが候補者、企業の両者の、言葉になっていないけれど、その先にある考え方や思いもキャッチしていくことが大事だと思っています」。

 これからについては、「僕らが活動している地域を、元気な企業がたくさんいるエリアにしていきたい。そのための人材を紹介することで、実現に持っていける仕事だと思う」と話す。自分が歩んだ途で得た経験は、これからも多くの人のサポートに生き、彼自身を動かしていく原動力でもあり続けるはずだ。

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■インタビュアーから

 とにかく野球大好き、野球が話題になっているだけで幸せ、という五十嵐さん。お子さんが所属する野球チームのコーチも務めているが、野球愛ゆえに「子どもたちに野球を嫌いになってほしくない!という思いが先行し、厳しくなれない」と笑う。仕事では「バックオフィスの頃は、他のメンバーが担当する候補者を、自分も一緒にお世話をしたような気持ちで見ていました。一度もお会いしてないのに、会った気持ちになってましたね」というエピソード。どの話からも、五十嵐さんの優しい人柄が伝わってくるのである。

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