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メンバーストーリー

人にとって「仕事」がいかに大切なものか。
その意味を考え続け、実感してきたからこそ
「仕事」のお手伝いをすることに
大きな意味を感じている。

人にとって「仕事」がいかに大切なものか。
その意味を考え続け、実感してきたからこそ
「仕事」のお手伝いをすることに
大きな意味を感じている。

コンサルタント
渡邉 美和
Watanabe Miwa
担当エリア : 長野・山梨
複数転職経験
異業種転職経験
Uターン経験

小学5年のとき、横浜から長野県松本市に転居。2007年3月横浜市立大学を卒業し、同年4月株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ入社。2008年長野へUターン。同年10月株式会社リクルートに入社。ブライダル事業部の営業として、長野県中南信・山梨エリアを担当。2013年3月リクルート退社。2014年4月株式会社エンリージョン入社。

母を支えるためにUターン。一方で自分は仕事から逃げたのではないか、という思いに悩んだ日々。

 「長野は全部が好きですね。やはり自然が素晴らしく、普段の生活のなかで季節の美しい移り変わりを感じられるのが一番。人と人の程良い近さも心地良いです。知り合いの知り合いは知り合い、という感じの繋がりがある」。長野への思いをそう語る渡邉は、小学生の時に横浜から松本へ転居。小さい頃から自然が大好きな渡邉が「山の近くで住みたい」と言ったことがきっかけだったそうだ。

 高校までを長野で過ごした渡邉は、国際関係について学びたくて横浜市立大学へ進学。学費、生活費の全てをアルバイトで全て賄ったという努力家だ。

 「アルバイトはほぼ毎日。朝5時から授業が始まる時間まで、夜は働ける時間ぎりぎりまでやっていました。“土日こそ働く日だ!”という感じでしたね。2年からは周囲のサポートで寮に入れたので生活が少し楽になって、サークルもやって、勉強も大好きだから一生懸命やって、とにかく楽しかった。なので、4年間無事に大学に通って卒業できたこと自体がうれしかったです」。

 この経験は、渡邉にとって「働く」ということへの価値観の基礎にもなっていく。「食べるために働かなければいけないので働かないという選択肢はない。でも、働くなら成長したいし、世の中の役に立ちたいし、関わる人たちに笑顔で喜んでもらいたい、という気持ちはずっとありますね」。

 卒業後はリクルートメディアコミュニケーションズに入社。住宅情報事業(現SUUMO)で制作ディレクターとして働いていたが、1年目に母が体を壊したことをきっかけに退社して長野へUターンした。しかし、気持ちが晴れなかった。Uターンをした理由は母が心配だったから。しかし、一方で自分はハードワークだったリクルートグループの仕事から逃げたんじゃないかという思いを抱き、もやもやした日々を過ごしていたという。
 「1年目は分からないことばかりで、気持ち的にはきつい時期。自分は母のことを都合のいい言い訳にして辞めたんじゃないか。そんなふうに退社のことを引きずっていたんです。半年ほど職業訓練校に行って経理の勉強をしましたが、ちょっと違う。考えた末に“それだったらもう一度向き合ってみよう、やれるところまでやってみよう”と思って、ダメ元で同じリクルートグループである、リクルートのブライダル事業部松本支社の営業職に応募しました」。

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自分が仕事で大切にしたいのは「仲間」と、本当にその人のためになるという「価値」

 リクルートでは「ゼクシィ」長野版の営業として働いた。「式場を担当して、それぞれの式場さんがゼクシィという媒体でどのように集客をしていきたいかということはもちろん、目指す将来像や、そこで働く従業員の皆さんがどんなふうに働きたいか、を一緒に描き、総合的に提案していくという仕事をしていて、それが本当に楽しかったですね」。
 一緒に働いた仲間とは今も仲が良い。「お互い切磋琢磨して、言いたいことを言い合うけれど、助け合うし、一緒に泣き、笑う。たくさん失敗したり、壁にも当たりましたが、上司や同僚やお客様、いろいろな方に助けていただきました」。

 4年半在籍して退職するが、そこで再び迷う。老舗旅館の広報を経て、派遣社員として働き、ウェブ制作会社でも勤務。改めて、仕事をする上で自分にとって大事なことは何かを考えた。
 「自分にとって大きいと思った項目はふたつあって、まずは働く環境が大切だということ。リクルート時代のように、お互いに切磋琢磨して、支え合って、鼓舞し合える仲間と仕事がしたい。もうひとつは、自分の心に嘘をついてまで売りたくないということ。目の前の売上のためにとにかく売ってこい、というのではなく、この人のため、この企業のために、本当に良いと思ったものを売ることをよしと言ってくれる会社で働きたいと思っていました」。

 自分の進む道に悩み、相談に行ったのがエンリージョン。「最初は別の会社を紹介してくれたんですが、ある日突然、当社はどうですかと言われて。人材紹介業は全く考えていなかったんですが、話を聞いてみると、先ほどのふたつのことが叶いそうな場所だなと思ったし、地元に貢献できるのもいいなと思いました。社長の江口との面接のとき、候補者や企業様のためになると思うことをやって、結果的にご縁があって売上になれば良いのであって、候補者や企業様のためにならないと思ったらやらなくていい、という話をしてくれたんです。まさに、私がやりたいことだと感じて入社を決めました」。

 振り返ると、常に働くことが身近にあり、何度も迷って働く意味を考えてきた自分が、いろいろな方の「仕事」のお手伝いをするということに、とても大きな意味を感じると渡邉は話す。
 「子どものときから親が仕事で苦労するのを間近で見てきたり、自分が何度も悩んできたので、仕事に対する考えや価値、向き合い方というのは、ずっと考えてきたテーマだった。リクルート時代はすごく楽しく働いて、仕事が大好きだったけれど、その分辞めた後は低迷していた自分がいて、仕事が人にとってどれだけ大事なものかということを実感しています。だから、その部分でお手伝いができるということは、私にとっては大きいこと。そんなつもりは全くなかったんですけど、振り返ってみると全てが繋がっていますね」。

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仕事や転職をとりまく意識が、もっと柔軟な社会になっていくために

 候補者の方と接するときには、自分と関わったことが、その方にとって何かの糸口になればと思っている。「あくまでも候補者の方の人生なので、最後に決めるのはその方や企業であって、私の価値観を押し付けるつもりはありません。ただ、私と話したことで次への道を見つけるきっかけになれたらいいと思っています。それなので、面談は私も本音で話して、こういう考え方もあるのではという投げかけもしますね」。

 もうひとつ大切にしているのは、やはりその方にとって本当にいいと思うことを提案するということ。「その方がその会社に入って幸せになれるのか、その企業がその方を採用して本当に会社が伸びるのか、という部分は常に自問自答したり、チームで確認します。これは変わることなくずっと大切にしたいですね」。

 そして今、結婚、出産を経て、心境の変化も感じている。「これまでは、優先順位が“まず仕事!”というタイプだったんですが、家庭を持って、子どもを持つと意識が変わってくる。時短勤務をさせてもらっていると、仕事をしたいけれど時間的にできないのがはがゆい、でも子どもとしっかり向き合いたいという葛藤があります。候補者にもそういう状況の方がいらっしゃると思うし、現実問題として、働きたくても子どもがいることで難しいという女性もいる。まだ答えは見出せていないですけど、そういう方のお手伝いはしていきたいし、何かしら社会が変わっていくきっかけを作れたらと思うようになりました」。

 挑戦やキャリアアップのために海外に行ってきた人や、30歳を過ぎてからのキャリアチェンジを考える人の就職が難しいという現実についても、すごくもったいないと話す。「これから先、そういうことがもっと容認される社会になっていてほしいと思いますね。私たちコンサルタントが、未経験でもその方が活躍できる可能性を一緒に見つけてくれる会社を増やしていけたらいいなと思っています」。

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■インタビュアーから

学生時代、リクルート時代、そして今について話をうかがうなかで、全ての場面で繰り返し出てきたのが「仲間と切磋琢磨」そして「人の縁に恵まれて、助けられてきた。感謝です」という言葉。彼女の一生懸命な姿勢や人としての魅力が、そこに凝縮されているなと感じました。急な入院など予想外の出来事にも見舞われて「社長の江口からは、渡邉さんの人生はジェットコースターみたいってよく言われるんです。周りにいつも迷惑をかけて申し訳ないんですけど…。」と話す渡邉さん。でも、何があっても彼女自身のバイタリティと人間性があるから、きっと大丈夫。そんな頼もしさを感じる方でした。