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メンバーストーリー

コンサルタントとして
「相談されるに足る人であること」。
自分の人生に向き合い、その在り方を求めている。

コンサルタントとして
「相談されるに足る人であること」。
自分の人生に向き合い、その在り方を求めている。

コンサルタント
永田 祐介
Nagata Yusuke
担当エリア : 新潟
複数転職経験
異業種転職経験
Uターン経験

1982年生まれ。新潟県長岡市出身。2005年帝京大学文学部卒業。同年、株式会社リクルートに入社し、新潟支社、長岡支社、熊本支社で求人広告提案営業を担当。2008年株式会社リクルートHRマーケティングに転籍、チーフも務める。2010年株式会社ディー・エヌ・エー入社。カスタマーサービス部にてSV業務、採用業務等を担当。2012年株式会社エンリージョン入社。

大学4年の秋に経験した中越大震災が 地元の役に立ちたいと思った原点

 エンリージョンに入社し、キャリアコンサルタントとして約10年の経験を持つ永田祐介。「この仕事はずっと続けていきたい。人の人生に関わるので責任は重いですが、だからこそやりがいもある。究極は、新潟で転職したいと思った人全員が、相談先としてまず永田をイメージするような存在になりたいですね。究極、ですよ(笑)」。少しおどけながらも、そこにはキャリアコンサルタントとして歩むことへの強い意志が漂う。
 「転職支援で人と企業をつなぐことによって、新潟の企業が元気になれば、地域全体が元気になる。一人のUターン、Iターンでも、それが積み重なればきっと影響があると思っている」と語る永田が、仕事と地域の関係を意識することになったのは、大学4年の秋に起きた中越地震がきっかけだ。

 中学、高校、大学とバスケットボールに打ち込み、大学4年になったとき、就活には身が入らなかった。「同級生がどんどん内定をもらうなか、秋になっても自分は全く決まっていませんでした。そんなとき、中越大震災が起き、長岡にある実家は半壊。長岡に戻って復旧ボランティアをしていたんですが、自分が知っていた街並みがめちゃくちゃになっている訳です。それを見たとき、街のために何かできないだろうかと思うようになりましたね。就職で新潟に戻ろうかなとは思っていましたが、最終的に背中を押したのは、その経験だったと思います」。
 そんなとき、新潟でリクルートの社員募集広告を見つけた。心惹かれたのは「街を元気にする仕事」というキャッチコピーだった。

 リクルートに入社後は、タウンワーク事業部で営業を経験。「リクルート時代は楽しかったです。学生時代バスケに100%力を注ぐ毎日を送ってきて、それが終わったとき、人生であんなふうに情熱を傾けられるものはもう無いだろうと思って、喪失感、虚無感に包まれていた。でも、リクルートにはそれがあったんです。みんな一生懸命で、ライバル関係だけどお互いに賞賛し合う風土もあって、一体感や達成感というバスケットボールで味わっていたのと同じものを感じることができた。だから仕事に一生懸命になれたのだと思います」。
 業務成績も好調で、長岡、熊本では新規媒体の立ち上げを担当。転籍したHRマーケティングでは、チーフとしてチームメンバーをまとめる経験も積んだ。

 2010年、世の中がリーマンショックに見舞われたタイミングで、「次のフェーズへ行くとき」と感じて退職。ディー・エヌ・エーに転職する。
 その頃、リクルートへの入社が同期だった江口とリクルートのOB会で会い、独立の話を聞いた。「面白そうですねと話したことは覚えています。自分も転職する時、エージェントを通して入社したので、キャリアコンサルタントには良い印象がありました」。
 それから1年後、将来のキャリアについて悩んだとき、エンリージョンが社員を募集していることを知って応募。入社が決まった。「リクルートの時は採用までのお手伝いをしていて、ディー・エヌ・エーでは採用する側になって、スタッフのケアなども担当してきた。キャリアコンサルタントはそれらを通して見ていく仕事。自分の経験がつながっていて面白いなと思いますね」。

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自分の人生を話すに値する相手だと、候補者の方に信頼してもらえる人でありたい

 候補者と企業を繋ぐとき、大切にしているのは両者の感覚的なフィット感。「人には数値化されない、適性検査では計れない部分がある。例えば価値観とか、思いといったものですね。企業が人材に求める実力やスペックももちろん大切ですが、そうした価値観が企業と候補者の間でうまくマッチングすると、すごく活躍してもらえる。つなぐときに両方の価値観が合うかどうかを判断するという感覚は、いつも意識しています」。

 そのために重要なのは、自分が候補者の方にとって、話すに値する人物であるかどうかだという。「自分の人生を託す訳ですから、この人に話をしても無駄だな、と思われたら、もうお話してもらえません。

 経験が浅い頃に、15分くらいで候補者の方から面談を切り上げられたことがあって、ものすごく落ち込みました。でも、それは自分が悪かった。この仕事はコミュニケーションの職人みたいなものなので、その部分はずっと鍛錬を積み続けないといけないと思っています。面談で思いを何でも話していただけるように、信頼されるに足る人物でありたいですね」。

 企業側との信頼関係も重要だ。印象に残っている仕事がある。「以前、東京で大手メーカーのグループ会社の社長をやっていた方が、60歳手前で退任が決まり、培ってきた経験を故郷に返したいという思いをお持ちでした。

 でも、そういうキャリアの場合、世の中に出ている求人とマッチングしようとしても無理なんです。そんなとき、ある企業の社長と話をしていたら新規事業の話が出て、それを任せる人を求めていることが分かった。合うと思ったのでお引き合わせして、入社が決まりました」。
 その後、事業を軌道にのせて、さらに次なる新規事業も手掛けていると聞き、候補者にとっても、企業にとっても、そして街にとってもよかったと安堵した。「経営者の皆さんは、実は頭の中にアイデアを温めていらっしゃるんですね。新潟にも良い会社は本当にたくさんあって、やりがいを持って働ける面白い仕事もたくさんある。首都圏などに居て知らない人たちに、それらの存在を伝える役目も僕たちは背負っていると思っています」。

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この仕事は毎日知り合いが増えていく。働くことは楽しいことだと、子どもにも伝えていきたい

 「この仕事は毎日、知り合いが増えるから楽しいですよ」と話す永田。「経営者の方が、知り合いの社長を紹介してくださったり、転職を支援した方や、時には支援できなかった方からも、知り合いを紹介されるのがうれしいですね。友人や配偶者の紹介は多いのですが、候補者のお母さんを紹介されたときはびっくりしました。でも、とてもうれしかったです」。彼が周囲から信頼されている証といえるエピソードだ。こうした候補者や企業など、期待してくれている人の存在が、いまの大きな支えになっている。

 そして、ここでも永田は自分に言い聞かせるように、言葉を繰り返す。「自分の在り方次第で広がっていくからこそ、人として正しくあらねばならないし、相談されるに足る人であらねばならないなと思うんです。

 対面したとき、その人自身から滲み出るものってあると思うのですが、当然僕からも滲み出ている。自分だけ良ければいいや、なんて思っていたら信用されない。そういう意味で、自分の生き方に向き合わされる仕事ですね。こうした価値観は、エンリージョンに入ってから、大きく変わった部分です。感謝すること、素直であること、謙虚であることなど、道徳で習ったようなことが、やっぱり必要なんだと改めて思います」。

 自分に家族が出来、子どもが生まれたことも意識の変化には影響している。「働くということをテーマに仕事をしているので、子どもには働くって楽しいなとか、働くってかっこいいな、という価値観を持つ人に育ってほしい。ただお金のため、というのではなく、働くことで人として成長できたり、大切な出会いがあったり、苦しいことを乗り越えたときの達成感や歓びを感じてもらいたい。だから、家に帰ったときも、“疲れたわ~“ではなく、“今日も仕事が楽しかったよ”と言える自分でありたいと思っています」。

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■インタビュアーから

 永田氏の印象は、笑顔の人。そう話すと、「そういう顔なんですよ(笑)。でも、周りも明るくあってほしいので、自分は常に明るくいようと思っていますよ」と、やっぱり楽しそうに笑顔で返してくれる。自然と相手をリラックスさせるその人柄は、キャリアコンサルタントとしてとても重要な、大きな才能だと感じている。