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メンバーストーリー

自分が介在することによって
相手に何か良い影響を与えられたら
そこに自分の生きる意味があると思う。

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コンサルタント
浦野 順也
Urano Junya
担当エリア : 長野
異業種転職経験
Uターン経験

1985年生まれ。長野県高山村出身。小学校から高校まではサッカーに熱中。2004年、獨協大学経済学部入学。2008年、株式会社コラボス入社。2020年、長野にUターンし、エンリージョン入社。

小中高、そして大学の友人たちと、共に何かを成し遂げる楽しさを学んだ

 「長野に帰ってきて、休日に友人の家族と遊んだり、両親や兄弟と一緒に何かをして過ごすなど、もともと思い描いていた日々が自然に、違和感なくあることが心地いいですね」。東京から故郷の長野にUターンし、エンリージョンに転職した浦野は、現在の暮らしについての印象をそう語る。

 生まれてから高校まで、長野で過ごした浦野。小学生から高校までサッカーを続けたスポーツマン。最も記憶に残っているのは高校3年生の時の文化祭の実行委員長を務めたこと。「当時、私の高校は文化祭が4日間あって、1年かけて木で大きな龍を作って、最後にそれを燃やしてキャンプファイヤーをするんです。

 1学年が7クラス200人ちょっといて、県内各地からきているので高校で初めて会った人も多いんです。文化祭でそういう同級生たちと関わったり、下の学年と協力して何かを作るというのは面白かった。一番楽しい思い出ですね」。

 文化祭が終わると燃え尽きたようになっていたが、これからを考えるなかで、自分自身、文化祭で人をまとめたりすることが面白かったと振り返った。「そこから漠然と、自分は経営とかに興味があるのかなと思い立って、学ぶならやはりいろいろな人が集まってくる東京かなと思って、大学に進学しました」。

 大学ではヨットサークルに在籍。「飲み半分、ヨット半分(笑)」というサークル活動だったが、振り返ると小学生のときから大学まで、共通しているのは、その時、その時を一生懸命やったことで、今でも付き合う友達がそれぞれの年代にいるということ。
 「高校の文化祭の仲間や、大学時代の仲間とも今でも会うし、小中のサッカーがきっかけでできた仲間は、その存在が長野に帰ってくるきっかけにもなったと思います」。

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業界は全く違うのに、共通点も多かった前職の会社とエンリージョン

 大学卒業後は、東京でベンチャー企業に就職。「漠然と最後は長野に帰るんだろうな、帰りたいなとは思ってたんです。でも、大学のときに就職を考えたときは長野に帰る選択肢は無かった。帰るのはもう少し先のイメージだったと思います」。

 入社したコラボスは、当時社員数30人ほどのベンチャー。選んだ背景には、ここまでの経験が関わっている。「サッカー、文化祭、ヨット。ずっと仲間で目標に向かってた力を入れてやってきたので、仕事もそういう規模の会社で働きたかった。社長の思いがダイレクトに伝わるようなところがいいと思ったんです」。

 事業はコールセンターなどで使うシステムの開発提供で、浦野は営業を担当。退社するときには100人弱にまで社員も増えて、その間にマザーズに上場もした。

 「社風はすごく合ってたし、楽しかったですね。社会の厳しさとか、社会人とはどうあるべきかという基礎も学ばせてもらったと思います。自分で考えて行動するとか、若い会社なので決まりが無いから、それを作っていったり、新しい事例を作っていくということも自分には合っていました。自分にかかる責任は大きいけれど、みんなでやっている感があって楽しかったです」。

 プライベートでは2012年に結婚し、子どもも誕生。そして子どもが小学校に上がるタイミングで長野へのUターンを決めた。「妻も結婚する前から長野に連れて行ったりしていて、自然が多い環境で子育てするのはいいよね、という話もしていました。あとは帰るタイミングだったのですが、小学校に入ってから転校するのもどうかなと思って、一人目の子が入学するタイミングで帰郷することを決めて、1年くらいかけて準備をしました」。

 エンリージョンにも登録をして転職先を探し、平行して自主応募していた会社から内定も出たが、それが仕切り直しになるなど、二転三転。そのころ、エンリージョンからも誘いをもらっていた。

 「最初は年収が下がるという点と、人材会社といったら規模が大きい会社だという先入観もあって、少し迷っていたんです。でも、よくよく話を聞いたら、新卒で入った時の会社の規模と同じくらいで、あれ?と思って(笑)」。

 また、社長の江口と同じく、前の会社の社長も稲森和夫さんの経営理念に学んでいたという共通点もあった。「転職は新しいことにチャレンジしたいと思っていましたが、人材業は全く新しい挑戦でした。でも、少数精鋭の環境とか、働くことへの考え方、稲盛さんの教えなど、ベースが同じという部分では自分にマッチしていると思ったし、楽しく働けそうだなと感じました。それで、ぜひエンリージョンで働きたいという気持ちになった。振り返ると、道が全部つながっている感じがして面白いなと思いましたね」。

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仕事をやるからには楽しく。そして、相手に良い影響を与えられる存在価値を持ちたい

 コンサルタントという仕事をやりたいと思った背景には、相談者の人生が変わる場面のお手伝いが、とても魅力的だと感じたからだと浦野は話す。「前職で東京にいるとき、自分にはどういう存在価値があるんだろうと考えたことがあって、その答えが、自分が介在することによって、人の価値観が変わったり、その人の過ごし方が変わったりという影響を与えるようなことをしたいと思ったんですね。そこに自分が生きる意味があるんじゃないかなと思ったことがありました。エンリージョンに入って、また同じことを考え直したとき、その部分は変わっていなかった。だとすると、コンサルタントという職業は自分にすごく合ってるなと思ったんです」。

 そんな人生論を意識したきっかけを訪ねると、スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』という本の名前を挙げた。「その本に、死ぬときに自分はどう生きたかったか、どういう言葉をかけられたいか、というのが語られていた。それについて考えるなかで、こうありたいという考えに至ったのたと思います」。

 エンリージョンには2020年4月、コロナウイルスによる緊急事態宣言の日に入社。「社内もリモート勤務になって、お客様ともリモートでの対応になって。でも、その分考える時間もありましたし、現在は直接会えるありがたさも感じています。候補者の方とお話すると、それぞれにいろいろな思いがあるし、いろいろな事情もある。それをきちんとくみ取らなければいけないと思いますし、そこが難しさでもありますね」。

 故郷長野の産業について知らない部分が多いことにも気づいた。「帰ってくるまで、地元の企業のことはあまり知りませんでした。改めて見てみると長野は製造業が多く、普段は目にしない産業機械などを手掛けている会社など、一般的には馴染みがない企業も多い印象です。そこはもっと知っていかなければと思っています」。

 コンサルタントとして大切にしていきたいことを訊ねると、候補者や企業にも自分の考えも伝えていきたいとのこと。「主導することはありませんが、一方で候補者や企業が求めることだけが正解ではないとも思っています。プラスαで自分の考えも伝えることで、相手が“そうですよね”と納得して、よりよい方向に考えが変わる、ということがあったらうれしいですし、そういう価値を自分が持てたらいいなと思います」。

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■インタビュアーから

学生時代や前職の話を楽しそうに語ってくれた浦野さん。どんなときに本を手に取るのかと聞くと「前の会社がベンチャーだったこともあって、自分の能力以上の仕事にチャレンジしてきましたが、そのたび壁に当たるんですよね。そういうときに本を読むということはよくしていました」との答え。若い時はかなり無理をして体が悲鳴をあげた時もあったそう。いまは、休日には子どもたちとキャンプをしたり、公園でアスレチックやサッカーを楽しんでいるとのこと。オン、オフのバランスが取れた日々が、より仕事へのモチベーションを高めてくれるようだ。