MEMBER

メンバーストーリー

自分の軸は大学時代からずっと「地方」にある。
キャリアコンサルタントとして生涯現役が
これからの人生の目標です。

自分の軸は大学時代からずっと「地方」にある。
キャリアコンサルタントとして生涯現役が
これからの人生の目標です。

コンサルタント
小林 洋平
Kobayashi Yohei
担当エリア : 石川・福井
複数転職経験
Uターン経験

1980年生まれ、長野県出身。2004年、金沢大学経済学部卒業。石川県の老舗プラントメーカーに新卒で入社。同年株式会社リクルートに入社し、求人誌「タウンワーク」の営業を担当。2008年、タウンワーク福井版の立ち上げを手掛ける。2010年、株式会社リクルートメディカルキャリア入社。2020年、石川へUターンし、株式会社エンリージョンに入社。

転職から3年後に訪ねてきてくれた相談者から、コンサルタントという仕事の奥深さを教わった。

 2020年、学生時代から10年間過ごした金沢市へ、家族と共に大阪からUターンしてきた小林。「最初、子どもたちは夕食の場に父親がいることが新鮮だったみたいですね。大阪時代は7時に仕事を終えても、家に着くのが8時半とかになるので、家族の夕食には間に合わなかった。食卓を一緒に囲むと会話もはずむし、おいしいものを食べたときには“金沢に来てよかったね”という話になります」。

 長野県長野市の360度山に囲まれた環境で生まれ育った小林は、大学進学にあたって、どこか他の土地に行きたいと思っていた。しかし、それは大都会ではなかった。

 「長野は多くが東京に出ていく土地柄なんですが、自分は首都圏に出るイメージはなくて、地方に行きたいと考えていました」。

 そうして進学先に選んだのが金沢。大学卒業後も留まることを決め、新卒で地元のプラント設備メーカーに就職した。しかし、3ヵ月で退職し、リクルートに入社。タウンワークの営業として6年間仕事をした。「求人誌なので、業界はさまざまだし、募集もアルバイトから社員まで幅広くて、広く浅く関わっていたという印象です。人材業界で頑張っていきたいと思っていたものの、今後自分が成長するためには、もう少し専門的に、狭く深く関わることが必要なのではないかと感じて、リクルートグループにある医療従事者のキャリアをサポートする会社に転職しました」。

 リクルートメディカルキャリア(当時はリクルートドクターズキャリア)では大阪に赴任し、九州以外の西日本エリアを担当。勤め先や働き方を変えたい医師や看護師のキャリアアドバイザーとして働いた。そのなかで、小林はこの仕事の奥深さに気付く機会があったと振り返る。
 「担当したある男性看護師の方は、看護師になって2年目ながら、すでに3つの病院を転々としていました。新卒で病院に入って間もなくご自身の病気が見つかって、治療で休んで半年後に復帰したところ、同期との差が開いてしまっていた状況に対応できずに辞めてしまったのが最初。その後もうまくいかず、自信を失っている状態だったので、何度も何度も励ましたことを覚えています」。

 紹介した病院での話が進み、理事長との最終面接を迎えた当日、病院の前で突然、彼は「やっぱり行きたくないです」と言い出した。小林は改めて励ましながら、一方では強く「このままではいけない」と背中を押した。その結果、面接を無事乗り越え、採用が決まった。

 それから3年後、突然、その彼が会社に小林を訪ねてきてくれたという。「あの時転職した病院に今も勤めていて、“今年から教育担当になりました”と報告してくれたんです。驚きましたね。彼自身、あの病院に入ってからすごく努力したんだなと思ったし、心からよかったと思いました」。

 そして、この経験は小林のターニングポイントにもなった。
 「コンサルタントは相談者の方が転職したいと思っている瞬間に力を貸す仕事ですが、本当の成果が表れるのは3年後とか5年後とか、先のことだと感じました。右から左へ仕事を紹介することはできるけれど、そうであってはいけない。その方にとって3年後、5年後がどうなっているのかを想像しながら向きあうようになりましたね。彼のお陰で、この仕事の深さを感じることができたと思っています」。

このコンサルタントに
転職相談をしたい方はこちら

※「コンサルタントに伝えたいこと」欄に
指名コンサルタントの名前をご入力下さい。

「そろそろ帰ってこいよ」の広告に心が反応。ずっと暮らしていきたい場所へUターン。

 そんな日々のなか、「いつかは」と思いながらタイミングを計っていたのが、大好きな石川へのUターンだ。「関西は僕にとっても、家族にとっても縁のない土地だったので、将来もずっとここに根を下ろすというイメージは持てませんでした。子どもが成長していく間はいいかもしれないけれど、巣立ったあとのことを考えると、ここで60歳を過ぎても暮らしていくとは思えなかった。でも、具体的な話は伸ばし伸ばしで来ていましたが、上の子が中学に進学するタイミングを迎えて、この時期を逃したらもう動けなくなると思い、行動を起こすことにしました」。

 転職先として頭に浮かんだのが、エンリージョン。Uターンを意識していたので、数年前から会社自体に興味を持ち、ホームページを定期的に見ていた。「キャッチコピーにあった“暮らしたいところで働く”という言葉は、まさにその通りだなと感じていました。あとは、リージョナルキャリアが新幹線に出している車内広告の“そろそろ帰ってこいよ”というコピーを見て、もう、こちら側をえぐるようなメッセージだな、と思っていましたね」。
 昔から、人生の岐路に立った時の選択肢が複数だったことがないという小林。このときも転職先の狙いはエンリージョン一択。「エンリージョンしか受けませんでしたね。受かるかどうかわからないのに(笑)」。

 入社してからは、改めて仕事に対する学びや気付きが多い日々だ。「前職でキャリアアドバイザーとしての経験はあるものの、改めてコンサルタントとしてのスタンスや、考え方は学ばせてもらうことが多いです。自分はずっとキャリアに触れる仕事をしていながら、自らの専門的な勉強は二の次にしてきたところがあって、それを反省しています。エンリージョンへの入社を機に、国家資格や技能検定などの資格もしっかり取ろうと思っていますし、自分にはまだまだ伸びしろがあるぞ、と感じています」。

このコンサルタントに
転職相談をしたい方はこちら

※「コンサルタントに伝えたいこと」欄に
指名コンサルタントの名前をご入力下さい。

地域を活性化させることが長期のテーマ。“おじいちゃんの相槌”ができるコンサルが目標。

 長年、多くの人のキャリアに携わってきたからこそ、仕事への思いも深い。「コンサルタント側から見たとき、求職者のうちの一人かもしれませんが、求職者の方にとってみたら、僕たちコンサルタントは僕たちしかいない場合もある。そう考えると相談に来たお一人おひとりへの責任の重みを感じる仕事です」。
 また、この職種自体が、もっと社会的に認知されていく必要があるとも話す。「もっと広く認められたいです。これから先、地方企業にとって人材確保は死活問題になってくると思う。その部分で、単なる業者ではなく、しっかりと企業さんのパートナーになれる存在でなければならないと考えています」。

 金沢にUターンし、改めて実感していることがある。それは、その土地のことが好きなら、根を下ろす覚悟はできるということだ。「昔は都会に出なければできないことがたくさんあったと思います。でも、今は逆に地方でしかできないこともあるし、場合によっては地方の方が豊かにできることもたくさんある。そう考えると、自分の軸って大学進学の時から変わっていなかったと思います。前職でも同じで、いま日本の医療は、地方に医療人材や医療資源が足りないことが課題なのですが、そうした医療の地域偏在の解消をテーマに仕事をしてきた。こうして立ち返ってみると、“地域を活性化させる”ということが、自分の長期のテーマだったと感じています」。

 そして、いまの目標は「キャリアコンサルタントとして生涯現役」だ。その究極の理想像を“おじいちゃんの相槌”と表現する。「私が多くを語らずとも、相槌を打つだけで話している相手がすっきりして帰る。究極はそれが理想です。相手が話したいことを話すことで、自分の考えや気持ちを整理できるようなコンサルタントになりたい。人って、自分の耳が自分の口に一番近いので、自分が発した言葉を一番聞いているのは自分の耳なんですよ。だから、言葉にすることで自分が気づくことって沢山あるのだと思います。究極、それを相槌だけで出来る人になりたいですね」。

このコンサルタントに
転職相談をしたい方はこちら

※「コンサルタントに伝えたいこと」欄に
指名コンサルタントの名前をご入力下さい。

■インタビュアーから

「究極はおじいちゃんの相槌です」というワードが出たとき、一瞬、頭の上に「?」が浮かんだが、よくよく話を聞いたら深く納得。そして、小林さんが相談者をにっこりと迎え、その瞬間から相手の心の緊張をそっと和らげている未来のシーンが思い浮かび、なぜか癒された気分に。おじいちゃんの相槌は、きっと最上級の職人技。高みを目指していく小林さんのこれからに期待だ。