MEMBER

メンバーストーリー

エージェントとしてやるからには
これぞ、と思えるマッチングをしたい。
企業も転職希望者もそこにはぜひ期待してほしい。

エージェントとしてやるからには
これぞ、と思えるマッチングをしたい。
企業も転職希望者もそこにはぜひ期待してほしい。

キャリアコンサルタント
立木 孝俊
Tachiki Takatoshi
国家資格キャリアコンサルタント
国家検定 2級キャリアコンサルティング技能士
担当エリア : 新潟・長野・群馬・石川・富山・山梨・福井
複数転職経験
異業種転職経験
Iターン経験

1979年生まれ、福井県出身。地元の高校を卒業後、龍谷大学文学部哲学科に進学。2002年ホンダカーズ京都入社。2003年退社し、地元で飲食店を経営。2004年スノーボードをやるために長野県に移住。
2006年株式会社リクルート長野支社HR事業部入社。2010年退職。東京の医療機器メーカーに営業職で入社。2012年長野に戻り、株式会社エンリージョン入社。

スノーボードをするために長野に移住。転職先として出会ったリクルートで、初めて本気で仕事ができた

 2012年にエンリージョンに入社した、会社の初期メンバーのひとりの立木。福井県出身ながら長野県に移住。「10数年経って、やっと長野県民らしくなってきたなと思いますね」。そして、エンリージョンについて「いま、会社は拡大期。ここから事業に深みを持たせていく展開ができれば、いろいろな可能性が広がる」と語る。
 25歳で長野に移住した理由は、スノーボードをやるため。当時は仕事のことは二の次だった。
 地元・福井県の高校を卒業し、当時のめり込んでいた哲学を学ぶために京都の大学へ進学。哲学書片手に学園祭の実行委員長を務めるなど、充実した大学生活を送った後、そのまま京都の自動車ディーラーに就職した。

 「自動車が好きで、大学時代にはレーシングカーを作るアルバイトもしていました。文系なので開発には行かれないから営業だな、という感じで選びました」。
 販売成績は悪くなかったが、他社メーカーとの値引きで戦わざるを得ない環境が徐々に負担になってきた。「営業をいくら頑張っても、結局値引き勝負で負けるのが嫌だった。それに歴史がある会社だったので、社内のルールや伝統的な仕組みも自分には狭苦しく感じてきて。それで、ルールや仕組みの中で働かざるを得ない働き方は向いてないなと思って退社して、自分で店を開きました」。

 地元の街に戻ってバーを開店。すべてが自分次第という環境は楽しかった。そしてこのとき、スノーボードに熱中する。「最初の出会いは、ディーラー時代に先輩に連れていってもらったんですね。その時、初心者で滑れないから、先輩にふざけて馬鹿にされたのが相当悔しかったんですよ。負けず嫌いだし。バーをやっていると日中は時間があるので、シーズン券を買ってスキー場に何度も通ううちに本気でやりたくなって、移住を計画したんです」。

 まずはワンシーズンを新潟県の苗場スキー場で住み込みバイトしながら過ごしたが肌に合わず、関西圏から移住する人も多いという理由で移住先を長野に決めた。引っ越しが終わってから就職活動を始め、リクルートに採用された。「つい先日までスノーボーダー気取りだったので茶髪が肩まであって、チャラチャラしていて。今思うとよく採用してくれたと思います(笑)」。
 最初はスノーボード9:仕事1、という感覚だったが、次第に生まれて初めて仕事に本気になった。「同僚や上司がすごく刺激的な人たちで。その影響もあって、仕事への熱量がぐっと上がった感じでしたね」。

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入社してすぐにパフォーマンスを発揮する姿を見るのが、中途採用のお手伝いの醍醐味

 ディーラー時代に感じていた息苦しさも、リクルートでは感じなかった。「配属は企業の採用のお手伝いをするHR事業部だったので、車を売るのとは違って、採用の方法はどうするかとか、どんな広告を作るのか、といった提案に自分のオリジナリティを出せるのが面白かった。毎週、売り上げのランキングが出るんですけど、そういう競争も楽しかったですね」。その間も冬はスノーボードに熱中。年間50日はスキー場に通い、滑っていた。
 3年半の契約を満了すると「一生に一度は東京で暮らしてみたい」という気持ちになり、東京の医療機器メーカーに転職。その頃には、少しスノーボード熱も下がったと思っていた。

 「でも、それが大間違いで(笑)、やっぱり滑りたくなってしまって。東京も一度体験したら満足したし、そろそろ長野に帰りたいなと思っていたとき、リクルート時代の先輩から“新潟HRにいた江口が長野で人材紹介事業を立ち上げるから、長野HRの人たちに一度挨拶する場を設けるそうだ。人集めよろしく。”と頼まれたんです。」。
 その会に参加した立木は、長野に戻りたいからいい転職先があったら紹介してほしいという話をした。「そうしたらすぐに社長の江口から連絡がきて、最初は軽く食事でも。というつもりだったんですが、色々話をしているうちに当社で働かないかと誘ってもらって。それで転職とUターンが決まりました」。人の縁、そして人生のタイミングとは何とも絶妙で面白いと思わされる話だ。

 エンリージョンでの仕事は、立木が求めるやりがいとも合っていた。「リクルートのHR事業部には大きく分けると、新卒採用と中途採用のサービスがあったんですが、僕は圧倒的に中途採用の方が好きだった。なぜなら、内定~入社~教育と時間がかかる新卒に比べ、中途で採用した方のほうが、会社に利益貢献する効果がすぐに分かるから。エンリージョンに入社して半年後くらいに、長野駅ビルの大改装計画があって、そこのテナント誘致担当者をご紹介できたんです。すると、その方が飲食店とかスーパーを誘致してきて、駅ビルが変わっていく、街が変わっていくさまが見ていて分かる訳ですよ。すごく面白かったし、やりがいも感じましたね」。

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エンリージョンはいま拡大期。自分のミッションに取り組むことで事業に深みを出していけたら

 立木がコンサルタントとして意識しているのは欠員補充ではない、成長戦略としてのマッチングだ。「例えばクライアントの企業で営業部門でひとり欠員が出た、というときに、人員の穴埋めのような紹介はしたくないと思っています。ひと一人採用するならそこに意味づけがあってほしいし、その方にどんなことを求めて、それによって会社がどう成長していけるのか、ということを一緒に考えたい。例えば新規事業をやるなら、それが加速するような無くてはならないポジションがあり、そのミッションをやりたいという候補者や、圧倒的なパフォーマンスを発揮できる候補者とのマッチングをしていきたい。僕はそういう仕事をしていきたいし、企業の皆さんにも転職希望者の皆さんにも僕たちに期待してほしいですね」。

 仕事に対して、このようなモチベーションを持てるようになったベースには、リクルート時代の地道な努力がある、と立木は語る。「上司はHR事業部で一番厳しいマネージャーと言われていた人だったんですけど、その人の言う通りにやると成果が出たし、厳しいけれど褒めてくれる人でしたね。ものすごく優秀な後輩もいて、やると決めたら圧倒的な成果を出してくるし、努力もすごくて尊敬できました。それまでの自分だったら“十分やって100%力を出しきった”と言ったかもしれないけれど、その人たちから見たら、“それで100%?”と思われるような環境にいたことで、仕事に対する意識は変わりました。あの時リクルートに入社していなかったら、今の自分はなかったと思います。」

 長野に移住し、今では完全にここがホーム。スノーボードも続けている。「20代の頃はビッグエアとかスロープスタイルという競技をやっていて、誰もできないような技を決めるという感じで燃えていましたが、捻挫、骨折、記憶喪失と怪我も多くて。さすがに30代になると縦回転とかリスキーな技ができなくなって、競技をするには限界がきたなと思いましたね。いまは景色を楽しみながらフリーランをしたり、子どもとも一緒に滑っています。子どもに教える楽しみ、一緒に滑る楽しみがあるのはうれしいし、歳を取ったら取ったなりの楽しみができるのもスノーボードの良さ。50代、60代になってもずっと滑り続けていたいですね」。

 そして、仕事の面ではさらなる成長を目指して邁進中だ。「エンリージョンはいま、拠点が増えていくなど拡大期に入っています。また、僕自身はヘッドハンティングや採用業務代行といった新しい事業を進めていくミッションもある。こうした事業が広がりを見せて、いろいろなところで展開できるようになると、会社にも深みが出てさらに面白くなっていくだろうなと思っています。僕らができる事が増えれば、その分喜んでくれる企業や転職希望者が増えるんです」。
 さまざまな人との出会いと、スノーボード競技で培った度胸の良さと思い切りの良さで、さらに活躍の場を広げていくことに期待したい。

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■インタビュアーから

個性的な経歴は、常に自分と向き合って歩んできた証でもあるのかもしれない。立木さんの話を聞き終わって、そんな印象を受けました。「基本、自信過剰なタイプなんで」と笑ってお話ししてくれましたが、だからこそ新しいことへの挑戦にためらいなく飛び込めるのが、立木さんらしさなのでしょう。大きな頼もしさを感じる方でした。