
出会えた「縁」をいつも大切に。
相談してよかったと思ってもらえる
コンサルタントであり続けたい。
コンサルタント
森山 瞳 Moriyama Hitomi
担当エリア | 石川 福井 |
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- 異業種転職経験
- Uターン経験
石川県能登地方出身。富山大学を卒業後、株式会社大塚製薬工場に就職し、関西に赴任。MR(営業)として医療機関などへの自社医薬品の情報提供活動や、地域医療に関する講演会の運営などを行う。2020年関東へ異動。2021年、石川へUターンし、株式会社エンリージョンに入社。
高校時代に芽生えた思い。「誰かのために、自分にできることは何だろう」

2021年、約8年勤めた製薬会社を辞め、故郷の石川県にUターンした森山。当時は直感に近い感覚で、エンリージョンへの転職を決めたというが、コンサルタントとしての歩みを始めてみると、「思っていた以上に、自分に合っている仕事でした。 直感は正しかったですね」。ふんわりと微笑みながら、森山はこう続けた。「私は誰かのためにとか、人のためにという場面で“よし、やるぞ”とモチベーションが上がるタイプなんです。この仕事は、根本的に誰かのためにやっていく仕事なのですごく合っていると思っています」。

誰かのために、という意識が植え付けられたのは、森山が高校生のときに参加した討論会が大きく影響している。「生徒会をやっていた関係もあって、全国の都道府県から代表者が東京に集まる討論会のメンバーに選ばれたんですね。最初は行きたくなかったんですけど、もう一人の生徒と、引率の先生と3人で、初めて東京に行きました」。
討論会では参加者が班分けされ、それぞれに違う討論テーマが与えられた。森山の班のテーマは「いまわたしたちにできること」。

「石川県のなかでも能登の輪島に暮らしていて、家の近くにはコンビニしかなくて、そのコンビニも山を下って行くような田舎育ちの私が、全国から集まった学生と話すなかで、本当にいろんな子がいて、いろんな普通があるんだな、と感じたんです。当時はまだSNSも無い時代で、自分が井の中の蛙だなとも感じましたね。そして、討論は『みんなの普通が違うから、みんなの普通を理解し、受け入れたうえで一緒に生きていくために、私たちができることって何だろう』というふうに発展していったんです。そのときに『自分にできることって何かな』という思いに至って、進路を決める道筋にもなっていきました」。

誰かのためになる仕事=医療系という発想から、製薬会社で働く将来を目指し、卒業生の多くが製薬会社に就職していた富山大学工学部生命工学科(当時)に進学。創薬を始め、生命に関わる工学を学んだ。就職活動では製薬会社の品質管理部門などを受けたが、ことごとく不採用。そんなときバイト先のスポーツジムで出会ったお客様で、製薬会社のMRをしている人から「森山さんはMRの方が向いているんじゃない?」と言われたのきっかけにMR職に応募。
「私が陸上部だったのもあり、栄養補給にも興味あったので、富山に工場がある輸液のリーディングカンパニーに応募したら、あれよあれよという間に内定に。私の学科の先輩が数人MRとして活躍されていたこと、そして人事の方が陸上好きだったということもあって、本当にスムーズに採用をいただきました。他社はほぼ全滅だったので、縁ってあるんだなと感じましたね」。
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コロナ禍で、家族がいる石川へ帰ることを決意。目に留まった「地元で働く」というコピー

最初の赴任先は関西。チームメンバーにも恵まれ、関西での暮らしも快適で、本当に楽しく仕事をしていた。「命に係わる製品を扱っているというやりがいも大きかったです。直接患者さんに会うことは無いですが、先生方の話を通して患者さんの様子などを聞くと、間接的に自分が役に立っていると感じることは多かったですね」。
その環境が変わったのは2021年。この年の春、関西から関東へ異動になった。折しも新型コロナウイルスが一気に流行し始めた時期だ。「コロナ禍でMRの働き方が一変しました。なんといってもまず、病院に営業に行けません。やれることはメールや手紙を書くこと。あとは先生向けのオンラインセミナーや勉強会を開催するなど、いろいろ模索していました」。

しかし、そこから在宅での仕事が合わないと感じるようになるまで、時間はかからなかった。「家族も近くにいないし、石川へは帰省できないし、このままずっと東京にいるのかなと考えるようになりました。在宅ワークの辛さもありましたが、どちらかというと家族に会えないことが、自分の中ではかなり辛かった。ずっとこのままなのかな、という不安感に襲われていましたね」。
実は関東へ異動になる前、会社に金沢への異動を希望したが叶わず。社内異動は難しいと判断し、転職先を探し始めた。「営業しか経験がなかったので、職種は営業かなと。それで姉が転職したときに利用した転職サイトに登録して、“石川 営業”で検索。その中にエンリージョンがありました」。目に入ったキャッチコピーは「地元で働く」。それを見てこの会社は転勤がなく、そしてなんだか面白そうな仕事だなという印象を受け、気軽な気持ちで応募のボタンを押した。

応募するとすぐ連絡が来て、後に一緒に働くことになる北陸メンバーの3人と面接。それを通過し、次に江口社長との面接を迎えた。「社長の話を聞いて、こんなに熱い人が本当にいるんだ、と思ったのが第一印象です。正直に言うと、こんな理想を言うのは最初だけなんじゃないの?と思っちゃったんです(笑)。でも、一緒に働いたら嘘ではなかったと分かりました。MR業界が生き馬の目を抜くような世界だったので、余計に“こんなにピュアな人が社長?”とびっくりしたんですけど、私自身、嘘や悪口は嫌いだし、これが本当ならいいなと期待もしました。面接を受けた日の夜にオファー面談の連絡がきて、そのスピードもうれしくて、すぐに入社しますと返事をしました。逆に『いいの? 大手を辞めるってことだよ』と言われましたけど、正直、優先順位は年収や条件ではありませんでした。家族や友人の近くで人生を過ごしたい、というふうに価値観が変わっていたし、常に巡り合った縁を大切にしたいと思っているので、揺るがなかったです」。
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縁をつないだ企業と転職者からの感謝の言葉。この仕事ならではの喜びを実感できた

後で知ったことだが、エンリージョンが採用情報を掲載したのは、森山がそれを見たわずか1週間前。少しタイミングがずれていたら出会えてなかったかもしれないと思うと、やはりそこに縁があったと感じると森山は話す。「最初の面接でも3人と緊張することなく話せて、皆さん良い人たちで、そのときから直感のようなものはあった気がします」。
コンサルタントとしての仕事のなかで印象に残っているのが、初めて自分が担当している企業と候補者の縁が決まったときのこと。「石川にある企業が、Web系の職種の方を探していらっしゃって、私が候補者をスカウトしてきて決まったご縁だったんですね。社長からは『良い人を見つけてくれてありがとう』と言葉をいただき、候補者の方からも『スカウトしてもらわなかったら、自分では考えていなかったポジションでした。声をかけてくれてありがとうございました』と言ってもらえて、ものすごくうれしかったです。私がいたからつながったご縁だと思うと、本当によかったなと思いました」。

入社するまでは“人材紹介会社って、何をしているんだろう”と思っていたという森山。「いまは、すごくいい仕事だと思っています。私が主に担当している石川・福井は、いまお客様を開拓している段階なのですが、すでに長く活動してる富山や新潟、長野エリアでは、お客様との強い信頼関係が築かれていて、長期的なお付き合いが増えているんです。私たちのエリアもお客様とそういう関係になっていけたらいいなと思うし、頼りにされる存在になるのを目標にしていきたい。そして候補者、企業どちらからも、相談してよかったと思ってもらえるコンサルタントを目指したいです」。
彼女の持ち味は、相手が自然と肩の力を抜いて話せてしまうその空気感。「江口社長からは、それは森山さんの特性だよって言っていただいたんです。そういう評価をもらえるのはうれしいですね」。彼女自身、自分の人生観や仕事観の変化を経てUターンをした経験者だからこそ、共感を持って接するコンサルティングで、多くの人を次のステージへとつないでいくに違いない。
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■インタビュアーから
森山さんに「MRが向いている」とアドバイスした方も、きっとその魅力を見抜いていたのでしょう。江口社長が「特性」と表現した通り、森山さんがまとっている柔らかな雰囲気は、生まれ持った才能のようなもの。話していると、自然とこちらも穏やかな気分になってきて、つい仕事以外の話題にも広がりながらの楽しいインタビューでした。